HOME» 部活ねっと» ボランティア部» 2016年8月熊本ボランティア前班(H2南村)

ボランティア部


2016年8月熊本ボランティア前班(H2南村)

熊本ボランティア活動記

大阪星光学院高等学校 高2 南村佳孝

崩落した阿蘇大橋

 熊本地震発生から早くも4か月が経とうとしています。皆さんは何月に日本中が不安と悲しみに包まれたこの熊本地震が発生したのかということをいうことを覚えています?関西に住む私達にとって遠い熊本での地震の記憶を正確にとどめておくことはかなり難しいことかもしれません。しかし同じ日本、熊本に住む方の人生が4月14日以降に一瞬で崩れ落ちてしまったと考えると、同じ日本人として何か思うところはあると思います。

 

七月のある日の新聞に「ぜひ熊本に!ホテル代最大70%off」という一面広告が出ていました。やはり風評被害がまだまだあるのでしょうか、この広告を見てとてもつらく思いました。また阪神淡路大震災を実家のある兵庫で被災した母親の話を聞いていても、いかに災害ボランティアの方たちの活躍によって助けられたかということも知りました。そして今回はこのような貴重な体験に参加させていただき、一生懸命活動に励んできました。

熊本入りしてまず驚いたことは、熊本空港が益城町に所在しているということです。最も被害の大きかった地域の一つが熊本空港から直ぐの場所にあります。飛行機の窓からは眼下にブルーシートで覆われた家屋を無数に見ることができました。当日はボランティア活動としてはとくに無かったので、先日最後の行方不明者が発見された阿蘇大橋付近に行きました。空港から少し離れると阿蘇山系の綺麗な山並みのいたるところで土砂崩れが発生し山肌があらわになっていました。さらに通行止めの道路、一階が押しつぶれた家、土砂に埋もれた家などを初めて目の当たりにしました。そしてようやく阿蘇大橋の目と鼻の先まできた時には自分が今まで報道などで見聞きしていた以上に悲惨な光景であることに思わず足がすくみました。切り立った山々を縫うように流れる渓流にかけられていたはずの橋が跡形もなく消え去っていたのです。不気味な音をたてて流れる川と辺り一帯のひどい土砂崩れからは、元の姿に戻すためにはこの先何十年という長い年月が必要であろうということを感じさせられました。初日から想像を絶するほどの現状を見てその次の日から始まった三日間の活動にも自然と熱が入りました。

二日目から四日目までは益城町、西原村を中心にボランティア活動を行いました。当日の活動のマッチング作業が行われるボランティアセンターには多くの若者を含めて年齢層問わずとても大勢いらっしゃいました。運搬用の車を無償で貸してくださる人がいらっしゃったり、女性などは避難所支援にまわるなどみなさんが協力してボランティア活動に向かう姿も印象的です。自分の作業内容は二日目が外壁の取

り壊し、二日目と三日目が家屋から出た瓦礫の撤去作業でした。素人の目で見ればほとんど損傷のない外壁を取り壊す際に疑問を感じていた自分には、引率であった大久保先生の「それだけ先の地震に対して恐怖感があったから小さな危険因子でもそれが何倍以上にも脅威に感じる」という旨の言葉には強く共感を抱き、また炎天下の中作業を続ける私達の様子を見かねた家主さんや近所の方

からは冷たいものをいただいたりと苦しい生活の中でも他人を思いやってくださる方たちの思いには感動もしました。瓦礫撤去というのは名ばかりなものでそれら一つ一つが家主さんにとってとても大切な思い出です。次々と運び出されていく瓦礫を見る家主さんの表情は今でも忘れられません。

今回、実際に現地熊本でのボランティア活動を通じて強く感じたことは人間一人一人の持つ力の小ささです。またそれと同時にその小さな力が合わさった時の何よりも大きな力の存在にも気づかされました。一人の力では終わりの見えない作業も仲間と一緒にやればその効率が何倍にも何十倍にもなるのです。これらはもちろん熊本の今後の復興にも大きく関わってくることだと思います。お互いに苦しいときは助け合いの気持ちをもって協力しあう、これが何よりも完全復興への近道だと考えてます。もちろん関西に住む私たちにとって直接的な支援はなかなか出来なくとも、何か小さなことにでも実際に取り組んでみる。そうした小さな積み重ねが熊本を支援する仲間の一員として最終的には大きな力に変わっていくのだと思います。

くまモン大好き家族の一員として一日も早い熊本の完全復興を願っています。

2016/09/19