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ボランティア部


2016年8月熊本ボランティア前班(H1内藤)

 削げ落ちていく記憶

大阪星光学院高等学校 高2 内藤陽希

今、世界中を溢れる程の情報が飛びかっている。ボタン一つでテレビはニュースを映し出し、指一本でSNSのアプリを開くことができる。一度とき放たれた情報は、人々の目に留まり、時には心を揺さぶる事となる。自分で情報を選ぶことで様々な感性を各個人が得るというのは実に良いことのように思われる。

 しかし、その情報の選別は現代に大きく悪影響を及ぼしていることを知っておかなければならない。今回、熊本でのボランティア活動、現地で聞いた話から学んだのは情報社会の穴だった。

崩れた道路(阿蘇大橋を望む)

 初めに大規模な地震のあった4月14日から早4か月が経とうとしている。4か月前は連日のように各テレビ局がこぞって報道していたのも記憶には新しいことだろう。リポーターを被災地に飛ばし、中継をつなぎ、東京やら大阪やらでアナウンサーなどの出演者が語り合う。典型的なニュースというものだった。それを見た視聴者はどう思ったのだろうか。何を考えたのだろうか。大半が、「大変そう」「いち早い復興を」などだろう。少なくとも、その時はそう考えたはずだ。

 しかし、数か月たった今、熊本のことでほんの少しでもその様な心配を抱いている者はいるだろうか。少なくとも私はこの活動に参加するまで記憶の片隅の方にしまい込まれていた。やり過ぎな程の報道は1か月を境に徐々に減っていき、今、大阪では緊急地震速報までもが表示されなくなっている。報道を減らすことで民衆の興味は削がれ、民衆が興味を失うことで報道の需要はさらに低くなるのだ。それどころか、報道が無くなっていくことにより、「熊本は復興してきている」などという誤解を生みだしてしまう事だってありうるのだ。東北の震災も同じことだ。世の中の焦点はメディアの示すただ一つのものにしか向けられない。

 熊本空港に降り立った日、自分が今までもってきた概念を叩き潰されたような気分になった。熊本空港の内部は未だに復旧のできていないフロアがあった。空港を出ると近くの家々の屋根にはブルーシートが落とされた瓦屋根の代わりに被せられ、時には原型を留めていない物も見ることとなった。完全に寸断された阿蘇大橋。土砂崩れでペシャンコになった車。駐車場のど真ん中にできた断層。道を塞ぐ巨大な石塊。そのような非現実的なものがそこら中にあるのだ。その姿は、報道の消えたあの時からまるで変わらないかのようにも思えた。

 風景だけではない、今でもなお避難所で暮らしている人、崩れかけの家を片付け続けている人、ひびの入った外壁を嫌でも破壊しなければならない人。多くの人たちが私たちから見ると非現実的な生活を送っている。その実態も、距離がある程霧の中になっていく。

震災に対する大きな、かつ革命的な策は出ておらず、復興は進まないまま時は流れる。

復興したのは都市部からで、田舎の方に行けば行くほど震災の日から時が止まったかのようになり、人の気配も失せてゆく。その現状を完全にシャットアウトして、今もメディアは話題としてふさわしいもののみをピックアップして報道している。本当にこれで良いのか。

 今、この世界はあらゆる情報を軸に回っている、必要な情報は広まり、需要のないものは捨てられる。人々の興味から外れた情報は人々の記憶に大きな穴を作り出す。次第にその穴に新たな記憶が書き込まれる。元あった記憶は簡単には戻らない。削げ落ちた記憶は誰がかき集めてくれるのだろうか。

情報はインターネットなどにより物としては残る時代になった。もちろん、便利な世の中になっている事は確かだ。手に入れたい情報はすぐ手に入る。しかし、その便利さから距離を置き、正しいことを見極める、また、自分の目で確かめることをすべきだ。熊本に行ったことで、そう学ばされた。決してメディアを鵜呑みにはしないでほしい。そして、正しいと思うことを心に留め続けてほしい。情報社会の穴、各個人の記憶にできた穴は、メディアを過信することで広がっていく。

2016/09/20