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ボランティア部


2016年8月熊本ボランティア後班(H1桝田)

熊本ボランティア活動 2016年8月24日~8月27

大阪星光学院 高1 桝田修吾

はじめに

我々ボランティア同好会は、有志のメンバーとともに8月3日~6日と8月24日~27日の2回にわたり合計12名で熊本被災地でのボランティア活動に参加した。私はその中で後半の24日~27日に参加した。 

目的

 熊本でのボランティア活動によって現地の被災者の手助けをすると共に、ボランティア活動の重要さを理解し、今後の発表を通してその重要さを伝える。 

活動報告

≪8月24日≫

 我々は空港に到着後、この日はボランティア活動がないためタクシーを1台チャーターし、被災した地域の1つである南阿蘇村を見て回った。初めは阿蘇の雄大な外輪山の美しい景色を見る事ができたが、被災地に近づくにつれ道路の歪みのせいか、タクシーの揺れがひどくなっていった。最初に村の外れにある半壊したアパートに行った。そのアパートにはおそらくもう人は住んでおらず、1階から2階へ向かう階段が傾いていた。家の中は家具が散乱しており、とても人が住める様子ではなかった。そのアパートを後にし、次の目的地へ行く途中、私は信じられない光景を目にした。地面が“ずれて”いたのだ。いわゆる地割れではなく、1メートル程の段差ができていた。震災から5か月経っていたため道路はかろうじて急な坂道にする事で舗装されていたものの、震災直後はたいそう不便な事であっただろう。次に東海大学農学部キャンパス周辺へ行った。全長50メートル程の橋が丸ごとなくなってしまっていた。その橋は、熊本と大分を結ぶ重要な橋で、その橋がないために大分へ行くのに更に90分位かかってしまう。未だに橋の再建の目処はたっていないそうだ。他にも木々が倒され、崖になっている所などがあった。最後に全壊した家を見に行った。入ってはいけない家には、危険と書かれた赤い紙が玄関口に張られていて、家は震災の規模の大きさがわかるほどひどく破壊されていた。

 宿舎へ帰ったあと、実際に震災に遭った加藤さん(現在は熊本市の病院に勤務)の体験談を聞いた。今回の震災で最も焦ったことは、「2回目の震度7」らしい。1回目に地震がきて、避難をし、それで安心してしまったため、2回目の地震の際全く動けなかったそうだ。また、避難所での食事はパンとゆで卵が多く栄養が偏ってしまっていたらしい。そのため一番有り難い食品はフルーツの缶詰めだったそうだ。

≪8月25日≫

食器類の分類

 この日から本格的なボランティア活動が始まり、「お茶碗プロジェクト」に参加した。「お茶碗プロジェクト」とは、全国から集められた食器類を種類別に仕分ける活動の事で、我々星光学院が所属するカリタスジャパンと山口県の介護センターからボランティアに来た人たちと作業をした。運ばれて来た段ボール箱の中から食器類を取り出し、皿・コップ・お茶碗・お椀類・調理器具・その他という項目別に仕分けた。トラックで運ばれる途中で割れてしまっていたり、欠けてしまっている物も数多く見られた。午後からは山口県の人たちが抜け、代わりに東洋大学の学生がボランティアに来て、私は「その他」の仕分けを担当していた。「その他」には驚くようなものが混ざっており、明らかに救済目的ではなく、家庭で必要でなくなった物品が混ざってあった。例えば、つまようじ立て・急須・酒瓶・結婚式の引き出物・ワイングラスなどだ。私はこの現状に強い怒りを覚えた。なぜなら使わない物品はまず間違いなくゴミになり、救済どころか被災地を汚すことになるからだ。私はボランティアしている側の人間としてこのような人が一刻も早くいなくなる事を望む。

≪8月26日≫

 この日のボランティア活動は救援物資の衣類を送る地域別に仕分けする作業と仮設住宅に日常品を運び込む作業をした。衣類の作業に関しては肌着から防寒具まで多様な服があって、日本の支援活動の手厚さを感じた。午後からの仮設住宅での作業は、移住者がもう決まっている住宅に布団・非常食・米などを運びこんだ。仮設住宅はできたばかりのため驚くほど綺麗で、高齢者の方のためのスロープも設置されていた。そこで作業をされていた方によると、現在1559棟仮設住宅が必要で、いまだに271棟がたっておらず、避難所で生活している方も多くいるらしい。 

 この日の夜、熊本県益城町の小学校に勤務する倉岡さんに今回の震災に対する問題点を聞いた。まず、震災直後に困ったことは、水道が止まってしまった事で、熊本は全国で唯一生活用水の地下水の割合が100%なのが裏目に出てしまったらしい。幸いにも電気は止まらず安否確認は素早くとれたそうだ。ここで、倉岡さんはSNSの問題点を語ってくれた。被災地で足りない物品をSNSで呼びかけるのは大変有効な手段だが、SNSでは履歴残ってしまうため、時間がたってその物品が足りるようになってもまだ送り続けられ、体育館などに大量に保管されてしまっているらしい。倉岡さんは、このような震災そして震災後で“想定外を生き抜く力”が必要であると語った。

≪8月27日≫ 

 最終日のボランティア活動は、震災による土砂崩れで家の中に土が入ってしまったお宅の周りに水が流れるための側溝を掘る作業であった。機械が入れない狭い所だったため、炎天下での手作業になった。震災によって家の瓦が地中に埋まっていて、作業が中断される事もあった。その後、空港へ向かい帰阪した。

感想

 私は今回の熊本ボランティア活動で様々な事を学び得て、とても有意義な時間を過ごせたと思う。震災の場で何が起き、何が必要で、震災から5か月経った今はどのような状況にあるのかを知り、次に自分たちが同じ状況に立たされたらどうするべきかという普通なら被災してから考える事を現地の方とふれあうことで真摯に考える事が出来た。この言葉は25日に共にお茶碗プロジェクトに参加した人の受け売りであるが、「ありがとう」の反対の言葉は何だろう?それは「ありがとう」は「有り難い」ということから「あたりまえ」だ。震災は人々から「あたりまえ」を奪っていく。私は日々ある「あたりまえ」と「想定外を生き抜く力」を大事にして生きていきたい。 

2016/09/20