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ボランティア部


2016年8月熊本ボランティア後班(H1大田)

熊本ボランティアレポート

大阪星光学院高 1年 大田悠暉

僕は今回、ボランティア同好会の活動として24日から27日までの四日間熊本に行ってきました。こういった被災地へのボランティアは、中学の時、ボランティア同好会に入っていた頃からの一つのやりたいことの内に入っていたことなので、とても楽しみにしていました。熊本の地震は発生当初はニュースなどで頻繁に取り上げられていましたが、最近では8月11日に阿蘇大橋の下流で大学生が死体として見つかったニュースが、僕の印象に残った最後の熊本地震に関するニュースで、熊本に行くまで僕は今の熊本のことを全く知りませんでした。 

8月24日、この日は本格的なボランティアはせず、タクシーをチャーターし、被災した地域を訪問しました。訪問した場所で特に印象に残っているのが、先ほども言った阿蘇大橋と別荘地のような所です。阿蘇大橋はまるで映画の中、つまりフィクションの中でしかこんなことは起こらないのではないのかといった具合に崩れていて、周りの地面もごっそりえぐれていました。これを見た瞬間、僕の中の価値観が変わったような気がしました。テレビだけで見るものとは全く違った衝撃を感じることができました。

そして、もう一つの別荘地なんですが、ここでは家や車などが土砂に巻き込まれ、ボロボロになっていました。阿蘇大橋は遠くから眺めることしかできなかったのですが、ここでは家の中に入ったり、ボロボロになった車に触ることができたりなど、とても近くで震災の傷跡を見ることができました。

帰ってからは、夜に大久保先生の御友人である加藤さんのお話を聞かせていただきました。加藤さんはホスピスで働いており、その経験を生かした話もしてもらいました。話の中で加藤さんが強く言ってられたのは「慣れ」についてです。最初は不便に感じるものの、それが日常になって、いつの間にか「慣れる」らしいのです。この話は自分にも分かるところはあるのですが、震災によって起こった大きな被害に関しても「慣れる」ことができるのかといったことが気になりました。こういう疑問も持てたという意味でも加藤さんの話はとてもいい話だったと思います。 

8月25日、この日から本格的にボランティア活動が始まりました。この日は西原村で一日中、全国から送られてきた食器類の整理をしていて、コップ、皿、茶碗….など計七種類の品目に分けて整理していました。仕事内容はまず、七つの種類に分けた後、割れているものがないか、汚れがひどいものはないかといった部分をチェックし、次に大・中・小の大きさに分け、最後に段ボールにそれを詰め、紙に大きさごとの枚数を書くという作業です。この作業を午前は山口県防府市の方々と、午後は東洋大学の方々とやりました。

午前はボランティアのおばちゃんが積極的に話しかけてくださり、とても楽しく過ごすことができました。このボランティアの方々が帰る際、リーダーの方が「ありがとう」の反対語はなんでしょうというクイズを出してくださりとても為になりました。答えは「当たり前」なんですが、有るのが難しいから有難う、あるのが当然だから当たり前という考え方はとてもすてきだなと思いました。

午後は東洋大学の方々と仕事をするはずだったのですが、僕は午後の時間のほとんどを集積場に行っておりました。集積場は、材木、土砂、ガラスといったように種類ごとの山があり、材木などに関しては一つの山が3~4mもあるのが複数個ありとても驚きました。迫力というものの力を感じることもできました。その後、元の場所へ戻り残りの作業を終わらせました。この作業には総勢29名、三団体が参加しました。送られてきた段ボールの中には全く使えそうにないものが入ってるものや、逆に丁寧に梱包され手紙も入っているものもあり、救援物資だけとっても、こんな違いがあるんだなぁと思いました。この日は帰ってからは特になにもなく、そのまま寝ました。 

8月26日、この日は益城町でボランティアしました。午前は体育館でウェットティシュを運び出し、全国から送られてきた衣類の仕分けをしました。最初に驚いたのが、作業をした体育館の天井が剥がれて落ちていたことです。この時、自分の学校の体育館も地震があったらこうなるのかなと思い、少し怖くなりました。まず、ウェットティシュを運び出す作業だったのですが、バケツリレーで運び出したので、そこまで苦ではありませんでした。
次に衣類の仕分けで、この作業は下着やTシャツなどの種類に分け、それぞれの種類ごとに6つの箱に均等になるように衣類を詰め込みました。最初の方は楽しかったのですが、立ちっぱなしだったのと単純作業の繰り返しだったのが重なり、疲れが出てきました。その仕事を何とか終わらせ、昼休憩になり、次は午後の仕事です。

午後は29日に鍵渡しのある仮設住宅(41軒)に日用品を運び入れる作業をしました。仮設住宅は自分が思ってる以上にしっかりしていたのですが、夏はとても暑く、冬はとても寒くなるということを考えたらとても大変だなと思いました。役場の人の話によると仮設住宅は合計1559軒作られ、その内の271軒がいま作られている途中で、それでもギリギリ足りないだろうとのことでした。その話を聞き、そんなに多くの人が住むところに困っているのだなと思い、少し複雑な気持ちになりました。

その日の夜は、大久保先生の知りあいであり、小学校の先生をしてらっしゃる倉岡さんの話を聞きました。倉岡さんはパワーポイントも使い、ジェスチャーなども加えてわかりやすく地震発生当初のことを説明してくださりました。倉岡さんが気になっていたことのひとつに、地元の人が震災の復興にそこまで意欲的ではないのに、何故ボランティアの方々はわざわざ来てくれるのかということです。この質問は確かに自分たちでも考えさせられるところがありました。倉岡さんの希望もあり、これから小学生と交流する話す機会があるかもしれないのでその時には答えられればなと思いました。

8月27日、この日は大阪に帰る日です。朝起きた時、もう最終日かと思い、これまでの三日間が自分にとってどれだけ濃いものだったかを実感しました。この日は一日中、土砂で雨が降った際の対策として、家の周りの土を掘り、側溝を作る作業と、家の床に入った土を運び出す作業をしました。僕は側溝の方を担当したのですが、土を運んだりするというのはまさに自分が想像していたボランティア活動で、思い描いたボランティアができたなと思いました。家の周りの部分に土嚢を置きその外側に溝を作るといった作業だったのですが、これが結構骨が折れる作業で、次の日は筋肉痛になりました。3時ごろにすべての作業が終わり体もくたくたでしたが達成感がありました。その後、ここ3日間お世話になった銭湯に行ったのですが、この日のお湯は格別でした。そして、拠点のカリタスに戻り、空港に行き、飛行機に乗り帰りました。 

まとめると、僕にとってこの4日間はとても充実したものでした。書きそびれたのですが、カリタスに来ていた人たちの中で韓国から日本に来ている人、ドイツに住んでいるハーフの高校生、シカゴに住んでいる日本人の高校生などの様々な人たちと仲良くなることができ、色々な話をし、交流することができ、とても良い経験ができたと思いました。熊本に行き、色々なものを自分の目で見ることができ、それは自分の人生の中でいつか役に立つと思いました。

今度熊本に行く際は個人的に観光としていきたいなと思いました。

2016/09/20